JR北海道学園都市線新十津川駅再訪問の紹介です。
新十津川駅は過去に何回も訪問してますが、今までに訪問したのと違う光景を見れたので、それも含めて紹介しますよ。
新十津川駅の駅名標
サッポロビールの駅名標が無くなってる。
名所案内板
乗車位置の所に、ご案内があります。
新十津川駅のホーム
単式1面1線の棒線駅・無人駅
ホームから見た駅舎
過去訪問した時には開いてなかった扉が開いてます。(右の扉)
過去訪問時にはなかった駅便(駅の便所)があります。
駅便(駅の便所)は洋式水洗です。
土足厳禁で、スリッパに履き替えんとアカン。
ホーム側の駅舎に、歓迎 ようこそ新十津川へが掲げられている。
これは前からあった。
縦型の駅名標があります。
サッポロビールの駅名標やないのが残念。
駅舎内
奥はホームへ
駅舎内
右にベンチ
窓に掛かってるのは、Instagramの枠です。
駅舎内
左は窓口跡。
実はこの窓口・・・
観光案内所なんです。
10:00の始発で最終列車が居る時は閉まってます。
最終列車が出た後に窓口が開きます。
その開いた窓口がこれです。
観光案内所となってます。
廃止まで営業されるんでしょうね。
奥は駅外です。
駅舎内
駅スタンプがあります。
新十津川駅ノートがあります。
新十津川駅の運賃表と時刻表
時刻表は、一日1本しかありません。
改札中 石狩当別行きの札がかかってます。
駅舎内の毛羽には、新十津川駅の絵が飾られています。
新十津川駅物語という新聞の切り抜きが掲示されてます。(令和1年5月1日現在)
今でも貼られてるかはわかりません。
新十津川駅の駅舎
駅舎は変わりませんね。
石狩当別方面の線路
学園都市線の車止め
学園都市線の終点です。
車止めまで行ってきました。
車止めから見た新十津川駅。
新十津川駅の歴史
昭和6年10月10日 国有鉄道札沼北線石狩沼田駅ー新十津川駅間開業に伴い、終着駅中徳富駅(初代)として開業。
昭和9年10月10日 札沼北線新十津川駅ー浦臼駅間が延伸開業し、途中駅となる。
昭和10年10月3日 国有鉄道石狩当別駅ー浦臼駅間が延伸開業。従来の札沼北線(浦臼駅ー石狩沼田駅間)と札沼南線(桑園駅ー石狩当別駅間)が編入・統合され、札沼線に改称。
昭和18年10月1日 第二次世界大戦激化に伴い、札沼線の石狩月形駅ー石狩追分駅間が不要不急線に指定され、営業休止。
昭和24年6月1日 日本国有鉄道法施行に伴い、日本国有鉄道の駅となる。
昭和28年11月3日 札沼線の浦臼駅-雨竜駅間が営業再開。新十津川駅(しんとつがわ)に改称して営業再開。
昭和47年4月6日 国鉄が札沼線の新十津川駅ー石狩沼田駅間の廃止を申請。
昭和47年6月19日 札沼線の新十津川駅ー石狩沼田駅間が廃止され、国鉄バスに転換。再び終着駅となる。
昭和54年2月1日 貨物の取り扱い廃止。
昭和59年2月1日 荷物の取り扱い廃止。
昭和61年3月3日 無人駅となる。滝川駅から駅員派遣で、乗車券類の発売は継続。
昭和61年11月1日 滝川駅の駅員派遣が廃止され、完全に無人駅となる。
昭和62年4月1日 国鉄分割民営化に伴い、JR北海道の駅となる。
平成3年3月16日 札沼線に学園都市線の愛称を設定。
平成8年3月16日 学園都市線の内、石狩当別駅ー新十津川駅間でワンマン運転開始。
平成9年4月1日 駅名の読みを(しんとつかわ)に変更。
平成28年3月26日 浦臼駅ー新十津川駅間の運行が一日一往復となり、列車の発着が一日一回となる。
平成29年4月1日 硬券入場券を発売開始(限定1000枚)
平成30年4月27日 新十津川町観光協会が旧対面窓口部分を使用し、観光案内所を開設。
令和2年5月7日 北海道医療大学駅ー新十津川駅廃止に伴い、廃駅となる予定。
鉄道ランキング
人気ブログランキングに参加しています。ブログが気に入って頂けましたら、画像をポチっと押していただければ嬉しいです。
新十津川駅は過去に何回も訪問してますが、今までに訪問したのと違う光景を見れたので、それも含めて紹介しますよ。
新十津川駅の駅名標
サッポロビールの駅名標が無くなってる。
名所案内板
乗車位置の所に、ご案内があります。
新十津川駅のホーム
単式1面1線の棒線駅・無人駅
ホームから見た駅舎
過去訪問した時には開いてなかった扉が開いてます。(右の扉)
過去訪問時にはなかった駅便(駅の便所)があります。
駅便(駅の便所)は洋式水洗です。
土足厳禁で、スリッパに履き替えんとアカン。
ホーム側の駅舎に、歓迎 ようこそ新十津川へが掲げられている。
これは前からあった。
縦型の駅名標があります。
サッポロビールの駅名標やないのが残念。
駅舎内
奥はホームへ
駅舎内
右にベンチ
窓に掛かってるのは、Instagramの枠です。
駅舎内
左は窓口跡。
実はこの窓口・・・
観光案内所なんです。
10:00の始発で最終列車が居る時は閉まってます。
最終列車が出た後に窓口が開きます。
その開いた窓口がこれです。
観光案内所となってます。
廃止まで営業されるんでしょうね。
奥は駅外です。
駅舎内
駅スタンプがあります。
新十津川駅ノートがあります。
新十津川駅の運賃表と時刻表
時刻表は、一日1本しかありません。
改札中 石狩当別行きの札がかかってます。
駅舎内の毛羽には、新十津川駅の絵が飾られています。
新十津川駅物語という新聞の切り抜きが掲示されてます。(令和1年5月1日現在)
今でも貼られてるかはわかりません。
新十津川駅の駅舎
駅舎は変わりませんね。
石狩当別方面の線路
学園都市線の車止め
学園都市線の終点です。
車止めまで行ってきました。
車止めから見た新十津川駅。
新十津川駅の歴史
昭和6年10月10日 国有鉄道札沼北線石狩沼田駅ー新十津川駅間開業に伴い、終着駅中徳富駅(初代)として開業。
昭和9年10月10日 札沼北線新十津川駅ー浦臼駅間が延伸開業し、途中駅となる。
昭和10年10月3日 国有鉄道石狩当別駅ー浦臼駅間が延伸開業。従来の札沼北線(浦臼駅ー石狩沼田駅間)と札沼南線(桑園駅ー石狩当別駅間)が編入・統合され、札沼線に改称。
昭和18年10月1日 第二次世界大戦激化に伴い、札沼線の石狩月形駅ー石狩追分駅間が不要不急線に指定され、営業休止。
昭和24年6月1日 日本国有鉄道法施行に伴い、日本国有鉄道の駅となる。
昭和28年11月3日 札沼線の浦臼駅-雨竜駅間が営業再開。新十津川駅(しんとつがわ)に改称して営業再開。
昭和47年4月6日 国鉄が札沼線の新十津川駅ー石狩沼田駅間の廃止を申請。
昭和47年6月19日 札沼線の新十津川駅ー石狩沼田駅間が廃止され、国鉄バスに転換。再び終着駅となる。
昭和54年2月1日 貨物の取り扱い廃止。
昭和59年2月1日 荷物の取り扱い廃止。
昭和61年3月3日 無人駅となる。滝川駅から駅員派遣で、乗車券類の発売は継続。
昭和61年11月1日 滝川駅の駅員派遣が廃止され、完全に無人駅となる。
昭和62年4月1日 国鉄分割民営化に伴い、JR北海道の駅となる。
平成3年3月16日 札沼線に学園都市線の愛称を設定。
平成8年3月16日 学園都市線の内、石狩当別駅ー新十津川駅間でワンマン運転開始。
平成9年4月1日 駅名の読みを(しんとつかわ)に変更。
平成28年3月26日 浦臼駅ー新十津川駅間の運行が一日一往復となり、列車の発着が一日一回となる。
平成29年4月1日 硬券入場券を発売開始(限定1000枚)
平成30年4月27日 新十津川町観光協会が旧対面窓口部分を使用し、観光案内所を開設。
令和2年5月7日 北海道医療大学駅ー新十津川駅廃止に伴い、廃駅となる予定。
鉄道ランキング
人気ブログランキングに参加しています。ブログが気に入って頂けましたら、画像をポチっと押していただければ嬉しいです。